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ポルトガル語と和服の名前  [2020年05月20日]
前回、お土産にいただきました ポルトガル伝統菓子店 ナタ・デ・クリスチアノさんの玉子タルトを挙げましたが、
ポルトガル菓子は、古くから伝わる日本の伝統菓子にも大きな影響を与えたことが知られています。すぐ浮かぶものは、カステラや金平糖。
 
遡ること16世紀、南蛮貿易の港となった長崎には多くのポルトガル人が住み、増設されたカトリック教会でのヨーロッパの食文化が、長崎の庶民一般にも広がっていったといわれます。
今日 長崎土産の代表といえる"カステラ"は、ポルトガルの伝統菓子"パン・デ・ロー(Pāo de ĺo)"から生まれたもの。
小麦粉、鶏卵、砂糖でつくられた焼き菓子"パン・デ・ロー"の名前は古代ポルトガル語で、"Pāo パン"はパン、そして"ĺo ロー"は""の字が語源だそうです。
絽の生地アップ
"絽"といえば、私たちは夏の着物の生地を浮かべます。
縦糸と横糸との間に隙間ができるように織られた、透け感のある軽やかな生地。
 
実際 その起源は、中国における、軽やかに織られた薄い絹織物の様に、空気が多く含まれるよう焼き上げたパンのことを指したようです。
 
南蛮貿易の時代から、その後 ポルトガル人たちは追放され鎖国の時代を迎えますが、それからいよいよパン・デ・ローの普及は日本化し、長崎文化としてのカステラが誕生します。
長崎の歴史文献を読みますと、福砂屋、文明堂、松翁軒などのお店とともに歩むカステラ文化の詳細が書かれていて、とてもおもしろいです。
 
当店で開催しておりました キモノ教室でも、ヨーロッパとの文化交流の拠点となっていた長崎は、歴史の項目で必ず話題に出していました。
ヨーロッパの文化が最初に広まった長崎については、お菓子などの食文化はもちろん、服飾文化も、当時の様子が載っている様々な資料から、ビジュアル的にも楽しめます。 
 
南蛮屏風_部分
服飾の影響の一部として、 
私たちが使用する「襦袢(ジュバン)」「天鵞絨(ビロード)」「合羽(カッパ)」「莫大小(メリヤス)」などの言葉は、ポルトガル語に由来するとのこと。
 
よく 絵画で、南蛮人が、首のところにヒラヒラのついた服を着ています。これは当時のポルトガル語で「ジバン(gibāo)」という南蛮服の上衣です。この影響を受けた日本では、上衣であるジバンを和服の下に着て、ジバンの立襟だけを見せるというファッションが流行り、やがて そのジバンは 下衣を表す「襦袢」という言葉に転じていったようです。
 
  
 
長崎カステラ_チョコ写真は、だいぶ以前ですが、キモノ教室後のお疲れさまティータイムの時のもの。
その日の項目「キモノの歴史」の内容にちなんで、長崎 福砂屋さんのカステラを。
上品なココアの「オランダケーキ」です。
 
 
南蛮模様皿
和蘭人の絵が楽しく、とても好きな器も登場させました。
香蘭社さんの「和蘭陀人」シリーズです。
 
キモノ教室は、ここしばらくなかなか実施できずにおりますが、日程を調整して、いつかまた開催できればと思っています。
 
今回の新型コロナの事態では、世界同時鎖国ーという言葉も使われたました。
東京が宣言解除を受けるまで、もうしばらくの辛抱ですね。
Posted at 16:26